倉敷天城中学合格体験記

  • 倉敷天城中学 合格
    倉敷校
    中庄小 出身
    兄と姉が鷗州塾で勉強してきた中学受験経験者だったので、入塾が当然のことのように思っていた僕は、小3から鷗州塾に入塾しました。学校の勉強とまったく違い、最初は、毎週の宿題と模試勉強、週3回の珠算道場の時間確保に苦戦しました。「なぜ、お兄ちゃんは、あんまり勉強しないのに勉強も運動もできるの?」と、母に聞いたこともありました。「そうじゃなあ。なんでなんだろうね。でも健ちゃんは健ちゃんよ。できることをやればいいじゃない」と母に言われました。母に言われて、「僕にできることは何だろう?」と考えました。考えた結果、僕が貫き通したこと。それは、4年間、ノートまとめも模試勉強も、コピーに頼ることなく、カラーペンを使って、テキストの図を写したり、自分で覚えやすいように表にまとめたりすることでした。そして、自分で書いたものをコルクボードやメニュー立てに挟んだりして、ひたすら書いて覚えました。最初は、一生懸命努力しているのに、なかなか模試で納得できる成績が取れませんでした。それでも、あきらめずに自分なりに努力し続けました。その結果、小5の時、SクラスからSSクラスに途中から上がることができました。「努力していれば、自然と結果はついてくる。これからも頑張ろう」と、うれしかった記憶があります。でも、そこからまた、僕には次の試練が待っていました。今度はSSクラスで入試までずっと頑張りたくて、模試の結果が出るたびに、「今回の模試の結果でSクラスになったらどうしよう」と焦り、勉強しても勉強しても、いらいらすることが多くなりました。そして最後は、家で1人で勉強していると不安な気持ちで落ち着かなくなりました。そこで僕は、塾の自習室を自主的に利用するようにしたら、安心して勉強できるようになりました。小6の途中からは、塾がない日も自習室を利用して、家でも、限られた時間を中学入試に向けて全力で頑張りました。気がつくと深夜0時近くになっていることもありました。初めての入試の日、入試会場で「適性型と学科型のどっちから受けるの?」と母に聞き、「今日は適性型だけよ」と言われるまで、適性型と学科型の両方を受験するものだと思っていました。僕のこの言葉で、母は、大丈夫なのかと不安を抱いたそうですが、岡山中学校の東医コースの特待生合格から順調にスタートし、2年間思い続けていた県立倉敷天城中学校合格後も、最後まであきらめることなく突っ走りました。今の僕が言えることは、分からないところは必ず質問し、理解し、解き直すこと。カラーペンやふせんを上手に利用して、自分なりにまとめること。便利なコピーに頼らないこと。手間や時間を惜しまず使うこと。ダイアリー帳を利用して、毎日何をしたかを記録すること(弱点ややり忘れがよく分かります)。これらのことを忘れず、思うようにいかず悔しい思いをすることがあっても、楽しく平たんな道ばかりでなくても、塾の先生を信じて、塾の勉強に集中すれば、乗り越えられない道はないということです。最後に、僕のために励まし、ご指導してくださった先生、送り迎えをしてくれたおばあちゃん、お弁当を作ってくれたお母さん、本当にありがとうございました。

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